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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1127号 判決 1991年7月19日

原告(反訴被告)

濱田登志江

右訴訟代理人弁護士

伊藤喬紳

株式会社日本観光倶楽部訴訟承継人

被告(反訴原告)

株式会社阪急交通社

右代表者代表取締役

小林公平

右訴訟代理人弁護士

高瀬武通

右訴訟復代理人弁護士

松崎勝

庄司克也

被告

田中清博

右訴訟代理人弁護士

赤井文弥

船橋隆史

高見沢重昭

山田秀一

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)株式会社阪急交通社に対し、金八三二万一四二六円及びこれに対する昭和六〇年五月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告(反訴被告、以下「原告」という。)

1  原告と被告(反訴原告)株式会社阪急交通社(以下「被告会社」という。)との間に雇用契約関係が存在し、原告は被告会社東京営業所の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告会社は原告に対し、金二八三万八九二〇円及びこれに対する昭和六〇年二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和六〇年二月一日以降毎月二八日限り金二五万三四七五円を支払え。

3  被告田中清博は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社

主文第二項と同旨

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告会社は、平成三年二月一日に株式会社日本観光倶楽部(以下「日本観光」という。)を合併したが、日本観光は、熊本市に本社をおき、旅行業法に基づく旅行業、鉄道・軌道バス・船舶・航空機その他の運輸機関の旅客販売代理店業、旅館、飲食店、売店ならびにプレイガイドの経営等の業務を目的とする株式会社であった。

原告は、昭和四〇年二月、日本観光に入社し、東京営業所において旅客手配等の営業並びに経理事務などの職務を担当してきた。

被告田中は、昭和五〇年一二月阪急電鉄株式会社から日本観光東京営業所に出向してきて、同営業所長として勤務していたが、昭和五七年一二月に離任した。

2  原告は昭和五二年六月に日本観光東京営業所の業務係長に任ぜられ、昭和五八年一〇月二〇日までその地位にあって、日本観光東京営業所における収入金、支出金の管理、収入金日記帳等の経理書類の作成等の経理業務を一人で担当していたものであるが、その間収入金日記帳等の経理書類に虚偽の記載をくりかえしていた。すなわち、顧客が入金しても当該顧客乙についての立替金あるいは未収金を清算せず、その前の顧客甲の未処理分にこれを充当し、次に顧客丙が入金したときに顧客乙の立替金あるいは未収金の入金として処理、清算をし、顧客丙の分は実際には入金しているが、未収扱いとするということを繰り返していたものである。

なお、日本観光東京営業所管轄下に巣鴨営業所があり、同営業所において顧客からの申込みにより入金になった場合は、平和相互銀行に入金され、それに基づき入金明細書を二部作成し、一部を東京営業所に送付し、東京営業所はそれに基づき入金伝票を発行し、毎日まとめて収入金日記帳に記載して、本社の方に送付するという手続きが取られていたが、原告は、巣鴨営業所から入金明細書が送られてきた場合も、やはりそれに対応する入金伝票を作成しないという操作をしていた(人証略)。

3  原告は、昭和五八年四月二〇日、被告会社取締役経理部長(日本観光常務)中西澄男に、東京営業所長であった被告田中の交際費未処理分について相談したい旨電話をし、日本観光は、同年五月六日、六月一日、七月八日、昭和五九年二月二〇日、四月一九日、七月一一日、一二月五日に原告から事情を聴取するほか、東京営業所の経理について調査を進めた。

4  日本観光は、昭和五九年一二月二一日、原告に対し、同月二〇日付けで懲戒解雇に処する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

本件解雇の理由は、原告が前記不正経理を行い、もって、昭和五八年度決算期末(昭和五九年一月三一日現在)において八三二万一四二六円の不足金を生ぜしめ、かつ、右不足金についての追求を不可能ならしめたことが、日本観光の就業規則八二条六号(故意又は重大な過失によって業務に支障を生じさせ又は会社に損害を与えたとき)に該当するというものである。

二  争点

(原告の主張)

1 本件解雇の効力

原告が経理の不正操作をおこなったのは、日本観光東京営業所長であった被告田中のメモ出し(金額を記載したメモ用紙をレジスターに入れ、現金扱いとし、レジスターから同額の金員を持ち出すもの)による仮払金、立替金など日本観光の金員を個人的に流用したものを経理処理する必要からであった。自らの不正を隠蔽するため、原告に経理操作を命じた被告田中が何等処分されなかったことと対比して、原告を懲戒解雇に付したことは重きに失し、解雇権の濫用であって無効である。

2 被告田中の責任

被告田中は、日本観光東京営業所長に在任中、その地位を利用し、日本観光の金員を自己の利益にほしいままに費消し、原告に強制して経理上不正な操作をさせたため、原告は日本観光から懲戒解雇に付されてしまった。これによって、原告の被った精神的苦痛の慰謝料は五〇〇万円を下らない。

(日本観光の主張)

3 原告の不正経理

原告は、日本観光東京営業所の経理を担当中、架空立替金を計上し、順次たらい回しをするという手口で、収入金、日記帳等の経理書類に虚偽の記載をなし、不正に日本観光の金員を流用し、さらに昭和五八年五月六日、同年七月八日には日本観光の役員らによる事情聴取が行われたにもかかわらず、経理担当を交替させられるまで、事実を隠蔽してたらい回しを継続し、もって、八三二万一四二六円の使途不明金、不明金を生じさせ、日本観光に同額の損害を被らせた。

第二争点に対する判断

一  争点1について

1  原告は、前記のとおり日本観光東京営業所の経理業務を担当していて、不正な操作を行ってきたことは認めるが、その原因として、被告田中が昭和五二年六月以降、接待費のメモ出し、仮払い、立替により公金を個人的に流用し、これに見合う領収証等をもってこなかったことによる不足金を経理処理するため、被告田中の指示により不正な伝票操作を行わざるをえなかったものであると主張し、(証拠略)の記載、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

これに対し、被告田中本人尋問の結果によれば、被告田中は、日本観光東京営業所に在勤中、出張旅費につき合計六〇数回、接待費につき昭和五三年から離任までの間に合計三、四〇回メモ出しをしたことがあるが、いずれも経理処理済みと考えていると供述しており、原告に対する不正経理の指示を否定している。

2  まず、本件は昭和五八年四月二〇日原告が被告会社取締役経理部長中西に電話し、被告田中が日本観光東京営業所長に在任中の交際費未処理分四五万一四二〇円について相談したい旨連絡してきたことから問題が発覚したのであり、同年五月六日、原告は四五万一四二〇円の未収分があると報告し、同年六月一日にも、中西、日本観光常務取締役上念準一郎、同取締役那須泰に事情を聴かれる機会が設けられながら、原告は未処理分の全容を明らかにしなかった。さらに日本観光の決算期である昭和五七年一月末現在の未収入金、立替金等についての報告を求められたところ、原告は、昭和五八年六月八日に上念宛に手紙を出し、悩み、考え、結局全部話すことになりましたといい、はじめて被告田中のメモ出しのことに触れ、この時点で不足金四七八万九一〇〇円が確認され、同年七月八日の原告からの事情聴取の際に、右金額のうち二七五万七五〇〇円については被告田中分としてメモ等の提出があり、残金二〇三万一六〇〇円については原告が自己の責任分として返戻したと述べた。しかし、中西、上念はその後も立替金、未収金が増加していることに気付き、同年八月山内茂をして調査を進めさせた。その結果はさしたる異常は発見されなかったが、同年一〇月二〇日をもって原告は経理担当から外され、昭和五九年一月三一日から二月二日の間山内及び篠塚巌によりなされた監査の結果七五三万九九四〇円の不足金が判明し、その後昭和五八年度の決算作業を経た後にようやく八三二万一四二六円の不足金(前記四七八万九一〇〇円を除く)の全容が判明した。昭和五九年二月二〇日にも原告と被告田中を対面させたうえ調査がなされたりしたが、さらにその後、原告は、同年三月三日付け書面等で、被告田中は日本観光の取引銀行ではない銀行の個人口座に不足金を越える金額を入金しているといいだした。

原告が最終的に流用した金員の内容は次のとおりである。

(一) 国鉄団券(略)

以上合計七七六万二一〇〇円内支払い手数料一〇万一一〇〇円

(二) その他(略)

以上合計六六万〇四二六円

(<証拠・人証略>)

3  原告は、被告田中が昭和五三年から五七年までの五年間一回五万円ないし一〇万円のメモに基づく出金を毎日のように重ねたという(<証拠略>)。そうであるならば、前記のとおり不足金の合計額は八三二万一四二六円であるから、これを五万円で割れば一六六、七枚、一〇万円で割っても八三、四枚のメモが存在するはずであるが、日本観光が口頭あるいは文書で原告に対し繰り返し提出を促しても、前記七月八日に提出された一五枚(<証拠略>)以外にはメモは提出されなかった。

原告本人尋問の結果によれば、原告は、メモがたまってくるとレジスターから出して袋に移し替え、自分の机の引き出しに入れていたところ、昭和五七年ころ二袋のうち一袋がなくなっていることに気が付いた。その後もメモ出しは続けられ、それについても紛失したものがあると供述している。また、原告は、被告田中の行為を明確にするため、ノートにメモしたという。しかしながら、右ノートの記載によれば、出金は、全くその記載のない月もあるなど原告が主張するほど頻繁にあったものではない。

原告は被告田中が作為的にメモの一部を始末したとしか思われないと述べているが(<証拠略>)、原告は昭和五六年三月ころも被告田中の交際費三五万円の経理処理を問題にしたことがあり、日本観光本社から中西がきたこともあったが、その際原告は全く被告田中のメモ出し等について訴えてはいない。そして前記のとおり昭和五八年四月に被告田中の不正を中西に訴えた後に昭和五三年、五四年といった昭和五六年三月以前のメモ等を提出している。(<証拠・人証略>)

なお、被告田中は、メモ出しを利用し始めた当初は出張旅費に関するメモは清算が終了したときに原告が自発的に返還していたが、そのうち返還することがなくなったこと、しかし、被告田中は原告を信頼していたし、清算が終了すれば、メモは効力のないものとなるので特に気にとめていなかったと供述している。(被告田中本人尋問の結果)

4  日本観光東京営業所の正規の取引銀行は、太陽神戸銀行室町支店と住友銀行神戸駅前支店であることは当事者間に争いがないが、原告は、被告田中が、株主優待航空券を顧客に販売した代金を三和銀行大井町支店の口座に振り込ませ、大和銀行神田駅前支店の日本観光田中清博名義の口座にも不正な利益を隠していたと弁明している。(<証拠略>)

被告田中は、三和銀行大井町支店に口座を開設していたが、この口座について、昭和五二年六月一五日から昭和五七年五月二一日までの右口座への振込入金回数は、総計一七四回、振込金額二八七九万五四〇〇円であり、阪急電鉄からの月例給与、臨時給与、賞与が八八回、二三五四万四七八六円、年末調整による還付金が三回、七万二四九三円、銀行の決算利息が一〇回、一万四六三一円、本人預け入れが七回、二七万一〇〇〇円、住友生命解約によるものが一回、一九万九八〇〇円、日本観光からの賞与が一回、五万円、友人の依頼により自己名義にてJCBから借入れたもの一回、一〇〇万円、右友人から月々返済を受けるもの四二回、九〇万九〇〇〇円、個人宛に振込があったもの二一回、二七三万三六九〇円で、そのうち日本観光の扱い分は八回、合計七九万五二〇〇円となり日本観光に入金済みである。また、昭和五七年五月二七日から同年一二月二七日までの右口座への振込入金回数は、総計二九回、振込金額六三四万四九二九円であり、阪急電鉄からの月例給与、臨時給与、賞与が一一回、四三五万〇二一八円、銀行の決算利息が一回、一五四五円、本人預け入れが一回、四万円、第一生命解約によるものが一回、一二万三四六六円、友人の依頼により自己名義にてJCBから借り入れ月々返済を受けるもの八回、一六万八〇〇〇円、個人宛に振込があったもの七回、一六六万一七〇〇円で、これは日本観光に入金済みである。(当事者間に争いのない事実、<証拠略>)

大和銀行神田駅前支店の口座については、開設時の書類は原告が記載したものであることが認められるところ、被告田中はその口座開設に関与していないと供述している。原告は被告田中の指示に基づいて口座を開設したという。原告のいうように不正な利益を隠すための口座を、秘密に開設することなく、日本観光の従業員である原告に開設の手続きをさせるとは考えにくい。原告は、さらに、右口座には被告田中の担当した横川ヒューレットパッカードのバス代金が振り込まれていることから、被告田中が右口座の開設を知らないはずはないとするが、原告がその振込指示等の手続きをすることも可能であるから、右代金振込があったことと被告田中が右口座開設を知らないことと矛盾するものではない。

また、(証拠略)によれば、右口座は昭和五二年一〇月二九日から五三年二月二〇日までの間一一回の出入金があったのみで、その中に原告主張のような不正入金があったとは認められない。

なお、原告は、被告田中が不正をしたことの証拠書類として日本観光に大和銀行通帳メモというものを提出しているが、右大和銀行の口座の記載とは相違している部分があったことが認められる。(<人証略>)

5  被告田中が東京営業所長の地位についていたのは、昭和五七年一二月までであるが、被告田中離任後も原告は経理不正操作を続けており、しかも、同年六月以降国鉄団券の代金取扱いの手続きが変更されるとその操作方法を変えることまでして、結局前記のとおり補填された四七八万九一〇〇円を除き八三二万一四二六円の不足金を生じさせたのである(<証拠・人証略>)。

原告は、被告田中が既に離任し、自らの申告により事情聴取の機会まで設けられながら、中西らに直ちに全容を明らかにせず、不正経理操作を続けたことにつき、中西に相談をもちかけたところ、事情聴取というより尋問という雰囲気であったため、機会を待つかたちとなり、不本意ながら伝票操作を繰り返した、あるいは被告田中に気の毒と思ったと記載し、さらに後には右のとおり記載したのはその方が心証を良くするためであったと述べているが(<証拠略>)、不自然な弁解といわざるを得ない。

6  被告田中は、昭和五八年九月一三日、二七五万七五〇〇円を中西を介し、日本観光に戻入しているが、その趣旨は原告に経理処理業務を一任していたことから生じた不足金については営業所長として責任を有するとの考えからしたものである(<証拠略>)。右金額については原告の提出物によって確認できるものである。すなわちメモ一六件計二〇〇万五三〇〇円(<証拠略>)、公給領収証三件計一〇万〇一二〇円(<証拠略>)、振込金受領書九件計六五万二〇八〇円(<証拠略>)である。これをもって、被告田中が原告主張のような金額のメモ出金をしていたことにはならない。

原告は、被告田中に経理処理を一任されていたことはなく、被告田中の印鑑を預けられていたこともないと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分があるが、被告田中本人尋問の結果に対比して採用することができない。

7  なお、(証拠略)によれば、原告は、かつて日本観光の古谷東京営業所長の当時においても経理処理上不明金を発生させたことがあることが認められる。(証拠略)、原告本人尋問の結果中には原告は、古屋所長の子供の不正の罪を被ったものであるとの記載、供述部分があるが、採用できない。

8  原告の不正経理についての申告、自認の経緯、被告田中の離任及び不正経理申告後も経理の不正操作を続けていた事実、原告が被告田中の不正行為に関して供述するメモ出しのメモ、銀行口座の入出金状況等についての以上の各認定によれば、(証拠略)、原告本人尋問の結果中原告が経理の不正処理をしたのは被告田中の指示等のためにせざるをえなかったとの部分は採用できず、右原告の主張する事実は認めることができない。

9  そうすると、原告には日本観光の就業規則八二条六号に該当する事由が存すると認められるところ、原告は、懲戒解雇に付されたことにつき、処分のなかった被告田中との取り扱いの均衡を失しており、懲戒解雇権の濫用であるというが、前記のとおり被告田中に原告主張のような不正流用の事実を認めることはできないから、原告の右主張は失当である。

なお、原告は、日本観光の経理不正の調査手続きはもっぱら原告を懲戒解雇するためのものであり、被告田中の不正について真相を究明しようとするものではなく、この点からも解雇が無効であると主張するが、右認定のとおり原告に経理不正があったものであって、被告田中に原告が指摘するような日本観光の金員の消費があったとは認められないから、原告の右主張は失当である。

二  争点2について

原告は、被告田中が日本観光の収入を自己の利益に費消し、原告に不正経理操作を強制したことに基づく損害賠償を請求するが、被告田中に原告主張の行為が認められないこと前記のとおりであるから、原告の被告田中に対する請求は理由がない。

三  争点3について

以上認定のとおり、原告は日本観光東京営業所の業務係長としてその経理事務を担当しながら、経理の不正操作を繰り返し行い、その結果八三二万一四二六円を下らない不明金を生ぜしめ、その追求を不可能にしたものであるから、日本観光を合併し、その権利を承継した被告会社に対し、同額の損害賠償責任を負うものである。

(裁判官 長谷川誠)

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